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秋の夜長に読みふけりたい 原田マハの傑作アートミステリー3選

目次

厳しい残暑も終わりを迎え、ようやくやって来た秋。「秋と言えば…」という問いかけに「食欲」「スポーツ」と答えはさまざまありますが、やはり最初に挙げられるのは「読書の秋」ではないでしょうか。そんな「読書の秋」と「芸術の秋」を一度に味わえるのが、近年注目を集めている小説のカテゴリ、アートミステリーです。

さまざまな謎を解き明かしていくストーリーの中心に、絵画やアートが据えられる“アートミステリー”は、どこか芸術の香りが漂い、読書体験だけでなくアートに対する知識も獲得できる、まさに一粒で二度おいしいジャンル。トム・ハンクス主演でハリウッド映画化された『ダ・ヴィンチ・コード』が、その代表作として世界的大ヒットを記録しました。

日本文学界では、美術館のキュレーターを経て作家に転身したという経歴を持つ原田マハがアートミステリーの旗手として大人気。彼女が執筆する小説は、ゴッホやルソー、ピカソなど、歴史に名を刻む偉大な画家たちの史実をベースにした物語を、現代に生きるアートに魅了された女性の物語と交差させながら紡いでいきます。

心からアートを愛する主人公と、彼女をとりこにした絵画を描き上げた芸術家たちの人間模様や彼らが生きた時代背景など、作品制作の裏側にも触れることができる、歴史ドラマ的要素もある傑作ミステリーの数々。そのなかから、絶対おすすめの3作品をご紹介します。

アンリ・ルソーの名作〈夢〉を軸に描くドラマチックなミステリー『楽園のカンヴァス』

原田マハ『楽園のカンヴァス』(新潮文庫刊)880円(税込)

ニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム・ブラウンはある日、スイスのとある大邸宅に招かれる。そこで見たのは、素朴派の巨匠アンリ・ルソーの名作「夢」に酷似した絵。持ち主は、正しく真贋を判定した者にこの絵を譲ると告げ、手がかりとなる謎の古書を彼と、絵の所有権を争うライバルでもある若く美しいルソーの研究者・早川織絵とに交互に読ませる。やがてティムは、ルソーと20世紀の巨人とうたわれる画家・パブロ・ピカソという二人の天才が、あるカンヴァスに込めた想いに触れていく。

2000年、岡山県倉敷市の美術館で監視員を務める女性が、ピエール・ピュヴィス・ド・シャヴァンヌによる1866年の絵画〈幻想〉の美しさを繊細に描写するシーンから始まるアートミステリー。彼女が1983年のスイスの都市・バーゼルのとある大邸宅で体験した出来事を、同じ時を過ごした血気盛んな青年キュレーター、ティムの視点から綴る。思わず胸が熱くなるエンディングにたどり着いた後には、表紙に登場するルソーの〈夢〉をはじめとする、物語に登場する有名絵画をその目で観てみたくなるはず。ルソーの絵画は、神奈川県のポーラ美術館や、東京・世田谷美術館などに収蔵されているので、鑑賞することも可能。

ピカソの名作〈ゲルニカ〉にまつわる、いくつもの愛の物語『暗幕のゲルニカ』

原田マハ『暗幕のゲルニカ』(新潮文庫刊)935円(税込)

反戦のシンボルにして20世紀を代表する絵画、ピカソの〈ゲルニカ〉。国連本部のロビーに飾られていたこの名画のタペストリーが、2003年のある日、突然姿を消す事件がアート界をにぎわせる中、ニューヨーク近代美術館キュレーターにしてピカソ研究者の瑤子は、自身が企画する「ピカソの戦争」展を実現させるために、ピカソの祖国・スペインへと向かう。現代のニューヨークとスペイン、そして大戦前のパリが交錯する、知的スリルにあふれたアートミステリー。

ニューヨーク近代美術館のキュレーター、ティム・ブラウンも登場する、「楽園のカンヴァス」の姉妹作。ピカソの代表作〈ゲルニカ〉を軸に、2001年にアメリカで起きた悲劇で夫を失った瑤子と、ピカソの若い愛人で〈泣く女〉など多くの名画のモデルを務めたことでも知られる写真家のドラ・マールという、二人の女性の視点と史実と虚構をミックスしながら、「戦争とアート」という奥深いテーマをドラマチックに描き出す。世界に3つあるタペストリーのうちのひとつは、群馬県立近代美術館に展示されているので、ぜひ実物をその目で確かめてみては。

自殺か、他殺か。アートを愛する日本人女性がゴッホの死の真実に迫る!『リボルバー』

原田マハ『リボリバー』(幻冬舎文庫)737円(税込)

パリ大学で美術史の修士号を取得した高遠冴は、小さなオークション会社CDC(キャビネ・ド・キュリオジテ)に勤務している。週1回のオークションで扱うのは、どこかのクローゼットに眠っていた誰かにとっての「お宝」ばかり。いつかは高額の絵画取引に携わりたいと願っていた冴の元にある日、さび付いた一丁のリボルバーが持ち込まれる。著名な画家フィンセント・ファン・ゴッホの自殺に使われた物だという銃の真贋を探る中で、もう1丁のリボルバーの存在が浮かび上がる。

20世紀の芸術に大きな影響を与えたゴッホと、彼と共同生活を送った画家ポール・ゴーギャン。彼らの知られざる真実に、アートを心から愛する女性が迫っていくさまをドラマチックに描き出す、原田マハの最新作。ゴッホがゴーギャンと深く交流していた1888年は、表紙にも登場する「ひまわり」や「アイリス」といった傑作が次々と生み出された。これら代表作は、2023年10月17日(火)~2024年1月21日(日)の期間、東京のSOMPO美術館で開催の展覧会「ゴッホと静物画ー伝統から革新へ」で展示されるので、ぜひ足を運んでみて。

今回、紹介した3作は、アートに魅了された日本人女性という身近な存在を通して、歴史に名を刻む芸術家たちがどのように傑作を世に残したのか、そしてその絵が誕生する背景にはどんなドラマがあったのかを明かしていく物語。登場人物たちの視点から学ぶことのできる絵画の魅力や、美術館の監視員やキュレーター、オークション会社の社員といった美術に関わる職業の裏側など、読み手の知的好奇心を満たしてくれる傑作ばかりなので、ぜひ、秋の夜長は、おいしいコーヒーとアートミステリーで、素敵なひとときをお過ごしください。

文=中村美香

原田マハ

1962(昭和37)年、東京都生まれ。作家。

関西学院大学文学部日本文学科および早稲田大学第二文学部美術史科卒業。馬里邑美術館、伊藤忠商事を経て、森ビル森美術館設立準備室在籍中の2000(平成12)年、ニューヨーク近代美術館に半年間派遣。その後2005年『カフーを待ちわびて』で日本ラブストーリー大賞を受賞し、翌年デビュー。2012年に発表したアートミステリー『楽園のカンヴァス』は山本周五郎賞、R-40本屋さん大賞、TBS系「王様のブランチ」BOOKアワードなどを受賞、ベストセラーに。2016年『暗幕のゲルニカ』がR-40本屋さん大賞、2017年『リーチ先生』が新田次郎文学賞を受賞。その他の作品に『本日は、お日柄もよく』『ジヴェルニーの食卓』『デトロイト美術館の奇跡』『常設展示室』『風神雷神』『リボルバー』などがある。
※新潮社ホームページより

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