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【週末エンタメ】ノーベル賞作家のカズオ・イシグロ脚本でリメーク! 黒澤明監督の不朽の名作をよみがえらせた『生きる LIVING』

目次

巨匠・黒澤明監督による不朽の名作『生きる』(1952年)を、1950年代イギリスを舞台によみがえらせた『生きる LIVING』が、2023年3月31日(金)から公開される。ノーベル賞作家のカズオ・イシグロが脚本家として名を連ねており、海外の映画祭でも高い注目を集めた本作について、その見どころをここでひも解いていく。

過去にも数多く海外リメークされてきた黒澤明作品

黒澤明の名作『生きる』をイギリスに舞台を移してリメークした
(C)Number 9 Films Living Limited

海外でも高く評価される映画を世に送り出した黒澤明。中でも1950〜1960年代は黄金期と呼べる時期であり、今回の『生きる』のほかにも多くの作品が海をわたりリメークされてきた。

例えば、「第12回ベネチア国際映画祭」で金獅子賞を受賞し、日本映画の評価を高めるきっかけとなった『羅生門』(1950年)は、西部劇に置き換えたポール・ニューマン主演作『暴行』として1964年にリメークされた。

また「第15回ベネチア国際映画祭」で銀獅子賞に輝いた『七人の侍』(1954年)は、ジョン・スタージェス監督による『荒野の七人』(1960年)や『マグニフィセント・セブン』(2016年)など幾度となくリメークされている。宇宙に置き換えたSF『宇宙の7人』(1980年)という作品も作られたほどだ。

さらに『用心棒』(1961年)を翻案した『ラストマン・スタンディング』(1996年)や、リメークとまではいかないものの『隠し砦の三悪人』(1958年)が、あの『スター・ウォーズ』の元ネタであることは有名。このように多くの作品に新たな命が吹き込まれてきた。

官僚主義への批判を込めながら人間らしさを訴える『生きる』

映画史に残る名シーンといわれるブランコのシーンはリメーク版でも描かれている

そして今回、イギリスで初めてリメイクされたのが1952年の『生きる』。黒澤作品に欠かせない名優・志村喬が主演を務めたオリジナル版は、無為な時間を過ごしていた公務員の主人公が余命幾ばくもないことを知り、生きる意味と向かい合っていく感動作だ。

市役所市民課長の渡辺(志村)は、30年間の勤めですっかり仕事への情熱を失い、毎日書類にはんこを押すだけの日々を送っていたが、ある日、胃がんに侵されて余命半年ほどという事実を突き付けられる。

自暴自棄になった渡辺は夜の街に出向き、そこで知り合った小説家の男と共にパチンコやダンスホールなど夜を楽しみ尽くすが、一時の喜びはむなしさを生むばかり。そんな時、役所を辞めた元部下のとよ(小田切みき)からある言葉をかけられ、再び仕事への情熱を取り戻していく…。

事なかれ主義な役所を舞台に主人公が情熱を取り戻していく姿を描く

事なかれ主義の市役所内で、権力に立ち向かいながら事業を遂行しようとする渡辺。その生きざまを通じて、システム化された非人間的な官僚制を鋭く批判し、人間らしく生きることの意味を観客に突き付ける本作は、「第4回ベルリン国際映画祭」でベルリン市政府特別賞を受賞するなど世界的にも愛される偉大な映画だ。

戦後のイギリスを舞台に空虚な男の新たな生きざまを描く『生きる LIVING』

バイタリティーに満ちた元部下のマーガレットに引かれていくウィリアムズ

そんな名作のリメークにあたり、主演には名優ビル・ナイを、監督には気鋭のオリヴァー・ハーマナスを迎えて映画化された『生きる LIVING』。舞台は第2次世界大戦後、いまだ復興途上にある1953年のロンドン。ピン・ストライプの背広に、山高帽を目深に被るお堅い英国紳士ウィリアムズは、役所では事務処理に追われ、家では孤独を感じる空虚な人生を過ごしていた。

そんなある日、医者からがんを宣告され残された時間がわずかと知ったウィリアムズは、余生を楽しむべく仕事を放棄。海辺のリゾートでバカ騒ぎをするも満たされることはなく、病魔は体をむしばむばかり。そんな時、ロンドンに戻り、偶然、元部下のマーガレット(エイミー・ルー・ウッド)と出会い、自分の力を試そうと奮起する彼女に感化され、新たな一歩に踏み出すことを決意していく。

ノーベル賞作家カズオ・イシグロが抱く『生きる』への思い

カズオ・イシグロ脚本により、黒澤版よりも楽観的な作品となっている

本作誕生のキーマンとなったのが脚本を担当するカズオ・イシグロ。彼とプロデューサーのスティーヴン・ウーリーが夕食を共にしているところに、ビル・ナイが立ち寄った際の会話をきっかけに企画が動き出したそうだ。

日本で生まれ、幼くしてイギリスに渡ったイシグロにとって、日本映画は自身のルーツとのつながりを感じる存在。特に1950年代の作品には作家としても大きな影響を受けたと公言している。

山高帽の英国紳士たちの姿は、イシグロが子どもの頃によく見かけたそうだ

中でも、イシグロが子ども時代に見た『生きる』には大きな衝撃を受け、そのメッセージの影響を受けながら生きてきたと語る重要な作品。そのことを示すように『わたしを離さないで』など、イシグロの小説でも“生きる”ということがしばしばテーマとなっている。

アレックス・シャープ演じるピーターら若き世代をより表情豊かに描く

『生きる』で語られる日本と1950年代当時のイギリス社会に類似性を見いだし、この脚本を手がけたイシグロは、原作に敬意を払いながらも、新たな視点を組み込んでいる。

例えば、ウィリアムズのオフィスで働き始めたばかりの青年ピーター(アレックス・シャープ)とマーガレットとのささやかなラブ・ストーリーを盛り込み、異なる価値観を持つ若い世代が育っていることをアピール。どこか敗戦国としての悲観的な雰囲気や官僚制の重みを感じさせるオリジナルに対し、より楽観的な側面を持つ1作に仕上げてみせた。

ビル・ナイもアカデミー賞主演男優賞にノミネートされた

受賞は惜しくも逃したものの、先日行われた「第95回アカデミー賞」ではイシグロが脚色賞にノミネートされるなど、そのクオリティーはお墨付き。原作と併せてチェックすれば、両者の違いなども楽しめることだろう。

文=ケヴィン太郎

インフォメーション

『生きる LIVING』

2023年3月31日(金)より全国ロードショー

公式サイトはこちら

 
 

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